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腹痛の漢方治療

一、概説

腹痛とは、腹部に現われた疼痛を主症状とすることである。腹痛を引き起こす病気はさまざまなので、病因もとても複雑である。
中医学では、腹痛の原因は、寒、熱、湿、気滞、気逆、気虚、陽虚、?血などがあると考えられる。腹痛が見られる場合には、中医学の弁証だけではなく、西洋医学の検査や診断も重要である。現代中医学でははっきりした西洋医学診断の上で、弁証論治を行うことは特徴である。

二、漢方エキス剤
(一)安中散(あんちゅうさん)

【組成】桂皮、延胡索、高良姜、小茴香、縮砂、牡蛎、甘草

【効能】温中散寒、理気止痛、和胃止嘔

【主治】裏寒の疼痛

【適応症】腹痛(冷えや寒冷の飲食物で発生するもの)、心窩部や腹部の膨満感、悪心、嘔吐、脇痛、舌質は淡あるいは淡紅、舌苔は薄白、脈はやや遅。

【臨床応用】本方は胃部や腹部の冷痛(冷えや寒冷の飲食物で発生し、冷感を伴う痛み)、心窩部や腹部の膨満感、悪心、嘔吐などの症状を認める場合に適応される。
慢性胃炎、神経性胃炎、胃十二指腸潰瘍、胃下垂、胃アトニー、慢性膵炎、婦人の下腹部冷痛、生理痛など。

【参考】現代薬理研究によって、以下のことを証明している。

(1)抗消化管潰瘍作用:
本方は動物実験によって水侵拘束負荷下の胃潰瘍の発生が抑制された。また本方は胃酸分泌を減少することが認められた。
(2) 利胆作用:
ラットに本方を投与した30分後、胆汁の流量が明らかに増加し、4時間後にもコントロールに比べて有意な差があることが認められた。

【使用上の注意】

  • 本方は発熱、熱感、嘔吐を伴う急性胃腸炎に適応しない。
  • 本方は補益性がないため、虚弱のものに単独で投与しない。
(二)半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)

【組成】半夏、黄?、人参、黄連、乾姜、甘草、大棗 

【効能】開結除痞、和胃降逆

【主治】胃気不和心窩部のつかえと膨満感、胸やけ、はきけ、嘔吐などの胃気上逆の症候に、腹鳴、下痢などを伴うもの、舌苔が薄黄で膩苔、脈が弦数。

【臨床応用】本方は、心窩部の膨満感とつかえを訴え、腹中雷鳴があり、悪心、嘔吐、下痢などが現われる場合に用いる。また精神不安、不眠、食欲不振、胸やけ、口内炎などの症状を伴う場合にも用いる。
神経性胃炎、胃腸神経症、口内炎、胃十二指腸潰瘍、急性胃炎、慢性胃炎、妊娠嘔吐、急性・慢性膵炎、小児消化不良、下痢、急性胃痛、消化管腫瘍手術後の下痢、頑固性しゃっくり、感冒などの感染症などに、上述の胃気不和の症候を呈する場合にも用いる。

【参考】本方は薬理研究によって以下の作用が証明されている。

  1. 腸蠕動の抑制作用
  2. 消化性潰瘍の保護作用
  3. 鎮痛作用
  4. 酸素欠乏の拮抗作用など。

【使用上注意】本方は燥性がつよいので胃陰虚による悪心・嘔吐が見られる場合には投与しない。

(三)平胃散(へいいさん)

【組成】蒼朮、厚朴、陳皮、甘草、大棗、生姜

【効能】燥湿運脾、行気和胃

【主治】湿困脾胃

【適応症】腹部膨満、胃部の痞え、食欲不振、味がない、はきけ、嘔吐、呑酸、四肢が重くてだるい、泥状便〜下痢傾向、舌質は淡、舌苔は白膩あるいは厚膩、脈は緩など。

【臨床応用】本方は腹部膨満、胃部の痞え、はきけ、嘔吐、呑酸などの症状が現れる場合に適応する。
慢性胃炎、急・慢性胃腸炎、下痢、消化不良、胃・十二指腸潰瘍などで、腹部の痛み、腹部膨満、心窩部の痞え、食欲不振、味がない、呑酸などの症状を伴う場合に本方を投与する。

【参考】本方は薬理研究によって、以下の効能が証明されている。

  1. 健胃の作用があり、胃腸機能を調節し、消化吸収を促進する。
  2. 平滑筋の痙攣を改善し、胃腸の痛みを止める。
  3. 非特性炎症を抑制する。

【使用上の注意】

  • 本方は辛温燥で陰血を損傷しやすいので微熱,潮熱、手足のほてりやのぼせなどの陰虚の症候が見られる場合に投与しない。
  • 妊婦に投与しないように注意する必要がある。

【関連処方】

(1)胃苓湯:
平胃散+五苓散(燥湿健脾、利水止瀉)
(2)柴平湯:
小柴胡湯+平胃散(除湿和胃、和解表裏)
(四)大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)

【組成】大黄、牡丹皮、桃仁、冬瓜仁、芒硝

【効能】瀉熱破?、散結消腫。

【主治】腸癰(虫垂炎)初起。腸癰の初期に、右下腹部の疼痛・圧痛・抵抗があり、しばしば悪寒、発熱、汗がでる、右下肢を屈曲する、舌苔が薄黄あるいは黄膩、脈が弦数又は滑数など。

【参考】現代薬理研究によって、以下の作用が証明されている。

1、腸運動に対する影響:
本方はウサギとイヌの腸蠕動を促進し、特に盲腸のリズム性収縮や結腸の蠕動を増強する。また本方はイヌの腸管血管を拡張し、腸管と盲腸の血行改善や炎症軽減を促進することが報告されている。
2、免疫能の増強作用:
本方中の大黄・牡丹皮は白血球の貪食活性やマクロファージ活性化を促進する作用がある。また本方はウサギの実験性盲腸炎に対して上述細胞の免疫活性を増強したことを報告している。
3、抗炎症作用:
本方中の大黄・牡丹皮・桃仁・芒硝などは抗炎症作用があり、特に炎症性滲出を抑制することが特徴である。また大黄・牡丹皮は病原菌微生物を抑制する作用が報告されている。

以上の薬理作用は盲腸炎の初期に現れる腸蠕動の弱い、盲腸局部の梗塞、血行障害、局部免疫能の低下、細菌の増殖などの病理病態に対して重用な役割を果たすことが考えられる。

【臨床応用】本方は瀉下・清熱・活血の効能があるが、瀉下作用が一番強い。臨床では急性盲腸炎に効果があり、他の腹部炎症に対しても効果が得られる。
急性虫垂炎、急性胆道感染症、胆道回虫、膵臓炎、イレウス、血栓性外痔、麦粒腫、流行性出血性結膜炎、前列腺肥大症、骨盤内炎症などで、便秘、発熱あるいは局部の熱感・腫脹を呈する場合にも用いる。

【使用上の注意】

  • 四肢や関節の冷え、寒がりなどが見られる場合には本方を投与しない
  • 著しく体力の衰えている患者、胃腸の弱い患者、下痢傾向がある患者に投与しない。
(五)四逆散(しぎゃくさん)  

【組成】柴胡、芍薬、枳実、炙甘草 

【効能】疏肝解欝、理気止痛、透熱

【主治】

1、肝気欝結、肝脾不和
抑うつ感、ゆううつ感、精神不安、いらいら、胸が苦しい、胸脇部が脹って痛い、腹部膨満、腹痛、食欲不振、便秘と下痢が交互にくる、舌質が紅、舌苔が薄白、脈が沈弦あるいは弦。
2、熱厥
発熱、体の熱感、胸脇部が脹って痛い、腹痛、下痢、口が苦い、悪心、四肢の冷え、舌質が紅、舌苔が黄、脈が弦数。

【臨床応用】本方は、元々、傷寒少陰証で熱が裏に停滞するが、手足が逆に冷たい病態を治療するために設計した処方である。しかし本方は肝脾を調理し、表裏を調和する作用があるため、後世では、和解剤の名方として広く使われている。
慢性肝炎、胆嚢炎、胆石症、胃腸神経症、胃食道逆流症、慢性胃炎、胃潰瘍、神経症、腸炎、過敏性腸症候群、盲腸炎、月経前後症候群、更年期障害、急性乳腺炎、肋間神経痛、咽喉炎、神経性頭痛、三叉神経痛、てんかん、ヒステリー、咽喉部の異物感(梅核気)、自律神経失調症などの疾患で、季肋部の苦満感(胸脇苦満)、あるいは心窩部の痞え感、精神不安、いらいら、動悸、不眠、抑うつ感などの症状を伴う場合には本方を投与する。

【参考】

現代薬理研究によって以下のことを証明している。

1、肝保護・利胆作用:
・動物実験によって本方が実験的肝障害の進行を抑制し、肝細胞の変性壊死を著明に軽減する。
・胆汁の排出量を増加することを報告している
2、抗消化性潰瘍作用:
実験性ラットの胃潰瘍に本方を投与することにより、胃液分泌を抑制し、潰瘍の癒合を促進することを認める。
3、本方は動物実験によってウサギの腸管運動を抑制し、薬物による腸痙攣を解除することを認めている。
4、強心作用・血圧上昇作用:
本方は麻酔された犬に静脈から投与することにより、心筋収縮力の増強、心拍の増加、血圧上昇などの効果を認めている。また本方はPentobarbital(PB)の投与による心筋収縮力の低下や心臓拡大など急性心筋損害を対抗する作用がある。
5、マウスに本方を投与することにより、酸素欠乏でマウス死亡までの生存時間を延長させたことを報告している。
6、その他に本方は解熱、鎮痛、鎮静、鎮痙、脳血流の改善、血栓形成の抑制、微小循環の改善、血小板凝集の抑制など作用がある。
7、まとめてみると、解熱、鎮痛、鎮静、鎮痙、肝保護、利胆、抗潰瘍など作用は、本方の和解肝脾の薬理基礎であり、また強心、血圧上昇、抗ショック、脳血流の改善、微小循環の改善、血小板凝集の抑制、酸素欠乏の対抗など作用は、少陰病証を治療する薬理基礎であると考えられる

【使用上の注意】

  • 体力が著しく衰えている者、いわゆる気虚の者に投与しない。
  • 慢性下痢がある者には慎重に投与する。
(六)桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)

【組成】桂枝、茯苓、芍薬、桃仁、牡丹皮

【効能】活血化?、緩消?塊

【主治・適応症】

(1) 婦人?血証:
下腹部の腫瘍、月経困難、月経痛、無月経、不正性出血、子宮内膜症などに、下腹部の疼痛や圧痛抵抗などの症状を伴うもの、舌質は紫暗あるいは?斑、脈は渋あるいは弦。
(2) 血?証(男女を問わず一般的な?血状態に用いてもよい):
四肢のしびれや痛み、冷え、静脈の拡張や蛇行、皮膚の?斑、関節の痛み、打撲による?血、頭痛、肩こりなどの一般的な?血症候があるもの、舌質は紫暗あるいは?斑、脈は渋あるいは弦。

【参考】本方は、?血モデル動物を用いる現代薬理研究によって、以下のことを証明している。

  1. 血液凝固能の亢進、血液粘度の上昇、過酸化脂質の上昇などを抑制する。
  2. 赤血球変形能の低下を改善する。
  3. 血液循環改善作用と抗血栓作用がある。
  4. 子宮筋腫や子宮内膜症を減少させ、乳腺の腫瘍化と腫瘍増殖を抑制する。
  5. 高プロラクチン血症モデル動物の薬理研究によって桂枝茯苓丸は血中テストステロンを有意に低下させた。
  6. 6、抗炎症作用などが証明されている。

【臨床応用】婦人?血証(下腹部の腫瘍、月経困難、月経痛、無月経、不正性出血、子宮内膜症など)に対して、下腹部の疼痛や圧痛抵抗などの症状を伴う場合には本方を用いる。
また、男女を問わず一般的な?血の症候(四肢のしびれや痛み、冷え、静脈の拡張や蛇行、皮膚の?斑、打撲による?血、肩こり、半身不随など)を認めれば本方を用いてもよい。

月経困難、月経痛、無月経、不正性出血、子宮内膜症、子宮筋腫や卵巣腫瘍の初期、産後子宮復古不全、死胎、骨盤内炎症などによる下腹部の痛みや冷え、局部の圧痛や抵抗を治療する。

また、変形性膝関節症、リウマチ性関節症、慢性肝炎、肝硬変、慢性前立腺炎、前立腺肥大、慢性多発性神経炎、坐骨神経痛、強直性脊椎炎、脊椎狭窄症、脳梗塞・脳出血後遺症、

痔疾患、慢性腎炎、レイノー症候群、閉塞性血栓血管炎、血栓性静脈炎、全身性進行性硬化症、肩こり、頭痛、打撲などの疾患にも用いられる。

【使用上の注意】

  • 妊婦に本方の投与を禁忌する。
  • 出血疾患や月経量過多の患者に慎重に投与する必要がある。
  • 本方は空咳や咽喉部の乾燥感などの陰虚症状が見られる場合に投与しない。
  • 著しく体力の衰えている患者や胃腸の弱い患者に慎重に投与する。
(七)小建中湯(しょうけんちゅうとう)

【組成】桂枝、芍薬、炙甘草、生姜、大棗、膠飴

【効能】温中補脾、調和気血、緩急止痛。

【主治】中焦虚寒、腹痛。顔色が悪い、疲れやすい、食が細い体質で、時に腹痛があり、暖めたり押さえたりすると軽減するもの、なお、汗をかきやすい、動機、四肢の冷えなどを伴う。舌苔が白薄で、脈が緩弱、あるいはやや弦、あるいは渋。

【参考】現代薬理研究によって

  1. 胃液の分泌を抑制する
  2. 鎮痙・鎮痛作用
  3. 滋養作用などが証明されている。

【臨床応用】本方は甘温補虚の代表方剤であり、虚労による陰陽両虚、特に陽虚が明らかな場合には適応する。顔色が悪い、時に腹痛があり、痛みの部位を暖めたり、揉んだりすると楽になるのが本方の投与ポイントである。

臨床上では胃十二指腸潰瘍、神経症、自律神経失調症、潰瘍性大腸炎、登校拒否症、過敏性腸症候群、虚弱体質、小児夜尿症、慢性胃腸炎などに用いられる。

【使用上の注意】

  • 陰虚火旺証、糖尿病の患者に投与を禁止する。
  • 嘔吐、腹部膨満感を伴う場合には投与しない。
三、症候によるエキス剤の使い方
臨 床 の 症 候 漢方エキス剤
●陽気虚弱型
腹部に綿痛、暖めたり揉んだりするのがすき、お腹が空くあるいは疲れると痛みがひどくなり、食べてからあるいは休むと楽になる、しばしば寒がり、四肢や腹部の冷え、疲労倦怠感などを伴う、舌質は淡、舌苔は白、脈は虚細無力。
(99) 小建中湯
(100) 大建中湯
(98) 黄耆建中湯
附子理中湯
●陰血不足型
 腹部に痙攣性疼痛、顔色の悪い、動悸、夢が多い、食欲不振、疲れやすい、あるいは潮熱、五心煩熱、寝汗、痩せなどを伴う、舌質は紅、舌苔は少ない、脈は細数あるいは細弱。
(68)芍薬甘草湯
(71)四物湯
(38)当帰四逆加呉茱萸生姜湯
●寒邪内阻型 
 急に腹痛、暖めると軽くなる、しばしば四肢の冷え、小便清長、軟便あるいは下痢、舌苔は白、脈は沈弦。
(32) 人参湯
(5) 安中散
●実邪停滞型
 腹部膨満感、脹痛、口渇、潮熱、ガスがよく出る、便秘など。舌質は紅、舌苔は黄燥、脈は沈実。
(74) 調胃承気湯
(133)大承気湯
●肝胃気滞型
 腹痛、胸脇苦満、脹痛、腹部の痛みが移動する、時にいらいら、怒りやすい、気にしやすいなどを伴う。舌苔は白、脈は弦。
(35) 四逆散
(16)半夏厚朴湯
●?血内結型
 刺すのような腹痛、部位が固定している、揉んだり押さえたりすると痛みがひどくなる、あるいは腫塊などを伴う。舌質は青紫、?斑、?点、脈は沈細渋。
(25) 桂枝茯苓丸
(61) 桃核承気湯
●飲食停滞型
 腹部膨満感、腹痛、時に悪心、嘔吐、食欲不振などを伴う。舌質は淡紅、舌苔は白膩、脈は滑実。
(79) 平胃散
四、ポイント症状による漢方エキス剤の使い方
臨  床  症  状 漢方エキス剤
★冷たいものを食べたり飲んだりすることにより胃痛、腹痛、腹部膨満などを起す場合。 (5)安中散
★腹部の隠痛や綿痛、食欲不振、腹部の冷え、疲れやすい、暖かいものが好き、軟便などの症状が見られる場合。 (32)人参湯、
(EK410)附子理中湯
★心窩部の痞え感、上腹部の痛み、食欲不振、心窩部から季肋部にかけての抵抗や圧痛がある場合。
(10)柴胡桂枝湯
★神経性胃炎で、胸焼け、上腹部痛、食欲不振、口内炎などを認める場合。 (14)半夏瀉心湯
★上腹部の脹痛、心窩部の膨満感、あるいは不快感や痞え感などの症状が見られる場合。
(35)四逆散
★消化不良や食あたりに腹痛、腹部膨満感、心窩部の不快感などを伴う場合。 (79)平胃散
★?血の疾患に下腹部の痛み、抵抗や圧痛などを伴う場合。 (25) 桂枝茯苓丸
★腹痛、嘔吐、腹部の冷え、四肢の冷え、あるいは手術後に腹痛、腹部の冷えや不快感などを伴う場合。 (100) 大建中湯
★疲労による腹痛、温めると楽になり、押さえると痛みが軽減する場合。 (99)小建中湯
★腹痛、腹部膨満感、腹部の冷えなどが見られる場合。 (60)桂枝加芍薬湯
★胃腸に痙攣性疼痛が見られる場合。 (68)芍薬甘草湯
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